岩屋城いわやじょう

~嗚呼壮烈岩屋城~

Shironav Master

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this castle

岩屋城は、四王寺山の中腹に築かれていた山城です。戦国時代の大友宗麟の家臣高橋紹運は、立花道雪らとともに斜陽の大友家を支え、1586(天正14)年、九州制覇を目指す島津氏4万の大軍に対して、岩屋城城主としてわずか700余名で籠城。援軍として豊臣秀吉の軍が九州に上陸するまでの時間を稼ぐため、最後の一兵まで苛烈に戦い抜き、紹運以下家臣全員が玉砕したと伝わります。
本丸跡からは太宰府の街並みを一望できる絶好のビューポイントとなっています。また、道路を挟んで山道を下ると、当時の二の丸付近に紹運の墓があります。
太宰府市ホームページより引用

【目次】
基本情報
縄張図・鳥観図
ポイント
アクセス
参考文献・サイト

基本情報

城名(別名)岩屋城
築城主高橋鑑種と伝わる
築城年天文年間(1532年〜1555年)
カテゴリー安土桃山時代 山城 
関連項目立花宗茂 高橋紹運 土塁 堀切 
遺構高橋紹運公の墓 堀切 土塁 本丸 no 
住所(所在地)福岡県太宰府市観世音寺704
構造物曲輪、土塁、堀切、竪堀
問い合わせ先太宰府市観光推進課
電話番号092-921-2121

ポイント

主な遺構 :
高橋紹運公の墓
堀切
土塁
本丸
no
高橋紹運公の墓
岩屋城の二の丸跡にある城主高橋紹運とそれに付き従った763名の勇士たちの墓です。
高橋紹運は岩屋城の戦いの際に39歳の若さでした。
堀切
本丸の裏手には3重の堀切があります。
少し藪に覆われていますが、形はよくのこっていると思います。
土塁
本丸を守る大土塁です
土塁の上から本丸を見渡すことができます。
本丸
太宰府を望む絶景を見ることができる本丸には圧倒的存在感を放つ嗚呼壮烈岩屋城址の石碑が屹立します。
非常に眺めの良い場所で南から攻め寄せる島津の大軍も良く見えたことでしょう
no
本丸の直下に存在する帯曲輪で兵士を配置して攻め手を待ち受けたり、連絡通路として使用されたものと思われます。

アクセス

公共交通機関
西鉄太宰府駅下車徒歩40分
自家用車
四天王寺林道の脇などに駐車スペースが少々あり

参考文献・サイト

サイト
岩屋城跡 - 福岡県太宰府市公式ホームページ
岩屋城跡 | 一般社団法人 太宰府観光協会

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